治療のステップと、私たちが大切にしていること

Inside Our Treatment

ケタミン支援療法の質は、用いる薬剤だけでは決まりません。どんな準備をし、どんな環境で、どんな関わりのもとで体験し、その後どう振り返るか。その一つひとつが治療の一部です。

このページでは、初診から統合フォローアップまで、実際にどんな時間が流れるのかを順を追ってご説明します。当院は、米国・オーストラリアなどでサイケデリック支援療法として確立してきた方法論を参照し、それをケタミン支援療法の枠組みのなかに取り入れています。

私たちが参照する方法論

The Methodology We Follow

現在、サイケデリック支援療法は米国とオーストラリアを中心に、厳格な臨床試験のもとで研究が進められています。

米国では食品医薬品局 (FDA) の審査のもとで臨床試験が進行し、エスケタミンのように承認に至った例も登場しました。またオーストラリアでは2023年7月より、国の規制当局 (TGA) の枠組みのもとで、要件を満たした精神科医による治療目的の処方が認められています。

こうした動きの背景には、米国の非営利研究団体(MAPSなど)が長年かけて確立してきた治療プロトコルがあり、それは今日、事実上の世界標準(デファクトスタンダード)として広く参照されています。

そこで共有されている中核的な原則は、たとえば次のようなものです。

  • 十分な準備:体験前の準備面接で、信頼関係と心構え(セット)を築くこと。
  • 安全で落ち着いた環境:静かで、審美的にも配慮された空間(セッティング)で行うこと。
  • 見守りとサポート:治療者が体験の内容を導かず、その方から出てくるものをそのまま受けとめること。不安が強まったときは、そのつど優しく支えること。
  • 音楽という支え:はじめは緊張をほぐし、やがて深い感情や記憶がわき上がるのを支えるように設計された、音楽のプログラムを用いること。
  • 統合の重視:体験後、複数回にわたって、体験を日常の言葉と生活に結び直す作業を行うこと。

当院は、これらの原則をケタミン支援療法という医学的枠組みのなかに取り入れています。

治療全体の流れ

A Process, Not a Procedure

当院の治療は、次の流れで進みます。各ステップの意味を、このあと具体的にご説明します。

曲面の壁に沿ってソファが並ぶ院内のラウンジ
  1. 01

    初診・適応評価

    約60分

    適応の可否を、精神科医が判断する

  2. 02

    準備面接

    1〜2時間同日

    心構えと信頼関係を、心理職とともに整える

  3. 03

    ケタミンセッション

    院内約2.5〜3時間同日

    整えられた環境で、見守られながら体験する

  4. 04

    統合面談

    当日・1時間同日

    セッション後に必ず行い、体験を自分の言葉と生活に結び直す

  5. 05

    2週間後フォローアップ統合

    オンライン可

    変化を確認し、これからを一緒に考える

薬の作用そのものより、それを安心して迎える準備と、あとで言葉にしていく時間を大切にします。この流れ全体が、ひとつの治療です。

初診・適応評価

Assessment

まず適応を評価する(約60分)

最初に行うのは、精神科医による適応評価です。これまでの診療歴・現在の症状・併存疾患・服薬内容をうかがい、ケタミン支援療法が安全かつ適切に行えるかを判断します。統合失調症等の既往、コントロール不良の高血圧・心疾患、妊娠中・授乳中など、安全上の理由からお受けいただけない場合には、その旨をお伝えします。

この段階で、適応外・自由診療であることを含め、リスクと限界についてもご説明し、同意書を交わします。適応を最初に評価すること自体が、安全管理の出発点です。

準備面接

Preparation

体験の「土台」をつくる(1〜2時間)

準備面接は、ケタミンセッション当日、最初に行われます。セッションの質を大きく左右するこのステップを、準備なしに省くことはありません。十分に準備された心構え(セット)が、体験の安全性と質を支えるという知見に基づいています。

円形に並ぶソファと木のテーブルがある、明るい院内ラウンジ

準備面接では、心理職とともに次のようなことを行います。

  • 信頼関係を築く:セッション中そばで見守る心理職と、まず顔を合わせて話をします。これから身をゆだねる相手を知り、安心できる関係の土台をつくります。
  • セッションの流れを具体的に知る:どんな空間で、どんな体勢で、どのくらいの時間、何が起きうるのかを、丁寧に共有します。未知であること自体が不安の源になるため、それを減らします。
  • 解離体験への備え:セッション中に生じうる「現実感の変化(解離体験)」について、それがどんなものか、不安が生じたらどう対処するかを、お伝えします。「これは薬の正常な作用であり、危険な異常ではない」と知っておくことが、体験を安定させます。
  • 意図を言葉にする:何を抱えて、何を見つめたいのか。答えを決めておく必要はありませんが、自分がいまどこにいるのかを言葉にしておくことが、後の統合の手がかりになります。

ケタミンセッション

The Session

整えられた環境で、見守られながら(院内約2.5〜3時間)

セッティング(環境)を整える原則を、当院は具体的な院内環境として実現しています。

空間と環境:セッションは、静かで落ち着いた専用の環境で行います。まぶしく無機質な照明の下ではなく、照度や光の質に配慮した、心を落ち着けられる空間を用意します。体勢はリクライニングなど、ご自身が安心できる姿勢をとっていただけます。体験を安全で内省的なものにするための空間そのものを、治療の一部として扱います。

アイマスクを着け、ソファに横たわり静かに過ごす様子

音楽:アイマスクをつけていただき、スピーカーから流れる音楽のプログラムとともに体験していただきます。サイケデリック支援療法では、音楽は単なるBGMではなく、はじめは緊張をほぐし、やがて深い感情や記憶がわき上がってくるのを支える、体験の伴走者として位置づけられてきました。当院もこの考え方に基づいて、音楽を治療の一要素として扱います。

見守りとサポート:セッション中、訓練を受けた医療者・心理職が常時そばで見守ります。ここでの関わり方は指導的でも誘導的でもなく、本人の内側から立ち上がってくるものを尊重する姿勢を基本とします。体験の内容をこちらから方向づけず、その人自身の内側から立ち上がってくるものを、共感的に、静かにそばで支えます。ご自身のペースで体験が展開するのを見守ります。

投与方法:薬剤は、医師による用量管理のもとで筋肉注射で行います。服用している精神科薬はそのまま内服していても構いません。炭酸リチウムを内服中の方は、事前に担当医にご相談ください。セッション中は血圧・心拍などのバイタルを継続的にモニタリングし、異常があれば速やかに対応します。作用が落ち着くまで院内で休んでいただき、休憩後統合のセッションを行います。体験の質への配慮と医学的な安全管理を、一体のものとして行います。

セッション後:ケタミンセッションのあとに、必ず統合面談を行います。そのままお帰しすることはありません。当日は自転車、バイク、自動車等での来院はお控えください。

統合面談

Integration

体験を「自分のもの」にする(当日・約1時間)

統合面談は、ケタミンセッションのあとに必ず、同日のうちに行います。院内で落ち着いたのちに、心理職とともに体験を振り返ります。サイケデリック支援療法において最も重要で、そして最も省略されやすいのが、この統合です。当院は、これを治療プロセスの中心に据えています。

デスクと椅子、木の本棚のある明るい個室

セッション中の体験は、ことばにならない不思議な体験になるかもしれません。そこで感じたこと・気づいたこと・見えてきたものを、日常の言葉に置き換え、これからの生活のなかに位置づけ直す作業。それが統合です。統合面談では、心理職とともに、たとえば次のようなことを行います。

  • 体験を言葉にする:セッション中に感じたことや浮かんだイメージを、安全な場でゆっくり言語化していきます。うまく言葉にならないものを、一緒に探していきます。
  • 感情と気づきを整理する:わき上がってきた感情や、思いがけない記憶・気づきを、いまの自分の文脈のなかで整理します。
  • 意味づけを急がない:「正しい解釈」を押しつけることはしません。体験の意味は、その人自身のペースで、時間をかけて立ち上がってくるものだからです。
  • 生活への橋渡し:気づいたことを、これからの日常や人間関係、セルフケアのなかにどう活かせるかを、具体的に一緒に考えます。必要に応じて、ご自身で体験を書き留める(ジャーナリング)などの方法もご提案します。

統合があることで、一度の体験が「不思議な出来事」で終わらず、これからの変化の手がかりになりえます。

2週間後フォローアップ統合

Follow-Up

変化を、時間の流れのなかで確かめる(オンライン可)

セッションから2週間ほどの時間をおいて、あらためて振り返りの機会を持ちます。体験直後には見えなかった変化が、日常に戻ってから少しずつ表れてくることは少なくありません。

このフォローアップでは、症状や副作用の変化を確認し、統合面談での気づきがその後の生活にどう根づいているかを一緒に見ていきます。そのうえで、今後の治療方針(継続の要否や、次のセッションの検討)を、ご本人と相談しながら決めていきます。ご都合に応じてオンラインでの実施も可能です。

私たちが大切にしていること

What We Value

準備の面接があり、環境が整えられ、治療者は答えや方向を押しつけずにそばで見守り、そして統合の時間がある。この流れは、サイケデリック支援療法が積み重ねてきた方法論に沿ったものです。

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